「私を無視したら、足でも引っかけて、注意を向けさせます」

ゆっくりと広い胸に背を預けながら、笑って言えば、リズヴァーンの顔にも、僅かに笑みが浮かんだ。

「それならば、寝ていても出来そうだ」

「そのときは、私の足元の近くを歩いてくださいね」

「承知した」

リズヴァーンは小さく返事をすると、後ろから優しく望美を抱きしめる。

その暖かな腕に包まれて、望美は内心で安堵した。

――…大好きな人の苦しそうな顔なんて、見たくないと思うのは、望美も同じなのだから。

「――…だが、驚いた。何があったのかと思った」

望美の気分が落ち着いてきた頃合を見計らって、そっと、その耳元でリズヴァーンは小さく囁いた。

そして、なるべく、揺らさないようにしながら、望美を抱き上げると、リズヴァーンは部屋へと足を向ける。

暖かな縁側に未練は残るものの、心配をかけたのは自分だ。

仕方がないと、望美は何も言わずに、おとなしくその腕に収まっていた。

「別に、何でもないと思いますけど?先生は、心配しすぎですって」

望美の暢気な言葉に、すっと、リズヴァーンの目が眇められる。

「望美。いきなり嘔吐するということを、何もないとは言わない」

「……そうかもしれないけど。でも、もう、大丈夫ですから」

大きな胸に、トンッと、体を預け、望美はリズヴァーンの顔を下から窺う。

ニコッと笑うと、リズヴァーンが望美を部屋の中で下ろし、大きくため息をついた。

「一度、弁慶に診てもらいなさい」

ポツリと零された言葉に、望美はぎょっとする。

「べ、べべ、弁慶さんに、ですか!?」

「無論」

「え。あ、あの!本当に大丈夫ですから!それだけは勘弁してください!」

咄嗟に、リズヴァーンの袷を掴みながら、必死になって、望美は訴えた。

それもそうだ。

弁慶にかかって、一度、あの激マズの薬湯を飲まされれば、誰だったそう思うだろう。

ニガくて、飲み込むコトを体中で嫌がりたくなる、鼻が曲がりそうな匂いのする薬湯。

しかも、弁慶に診られれば、必ず飲まされることになるのだ。

体が動けなくならない限り、アレを飲まされたいとは、何人たりとも決して思うまい。

――…弁慶をよく知る仲間ウチでは。

「あの薬湯飲んだら、絶対に、余計に気分が悪くなりますよ!?」

ってか、目の前に出されただけで、背筋に戦慄が走る。

想像しただけで、顔から血の気が引きそうだ。

なのに、そんな望美を知っているはずのリズヴァーンは、顔色一つ変えようとはしない。

「だが、すぐに効く」

それは、よくわかっていても、絶対に肯けないことだってある。