「…あなた、ここに何をしにきたの?先生を傷付けにきたの?」

静かな凛とした声で、望美は冷静に尋ねる。

その響きは冷たく、酷く悲しげな音でもあった。

「何だと…?」

「脅かさないみたいなこと言っておいて、それでも、やってることは同じじゃない!」

「そんな事、お前に言われる筋合いじゃない。」

「なら、何で先生の言葉をちゃんと聞かないの?その顔を見ないのよ!」

悲痛な叫びに似た言葉を放つ望美に、リズヴァーンの腕の力が篭る。

「…望美、止めなさい。私のことは気にせずともよい。」

望美はリズヴァーンに視線を戻し、それでも怒りを抑えようとしない。

「先生がそんな風に言うから、この人が付け上がるんです!」

「付け上がる、だと?」

ビスクールの声が、低くなる。

それすら、今の望美の怒りに油を注ぐようなものだった。

「そうよ!甘ったれるのも、大概にしなさいよ!」

「貴様に、何がわかる!友がお前のような『人』である女に現を抜かすのを、俺に黙ってみていろというのか!?」

声を荒げるビスクールに、望美はカッとなった。

「あなたは、今まで先生の何を見てきたのよ!!!」

望美はリズヴァーンの胸から体を離し、叫ぶように言い放った。

「今までの先生がどれだけ苦しんできたのか、あなたも知っているでしょう!?」

望美の言葉に、ビスクールの眉が微かに寄せられた。

「お前に言われなくても…。」

「なのに、今度はあなたが、先生を苦しめるの!?」

「なん…だと――…っ!」

怒りに震えるビスクールに、望美は心のままに、言葉を紡ぎだす。

「私は確かに『人』だし、鬼からすれば私は、一番嫌な存在だと思うよ。でもね。」

望美は真っ直ぐに、ビスクールの瞳を射るように見つめた。

「それでも、私は先生をしあわせにすることが出来るのよ!」

怒りのままに叫ばれる望美の言葉に、ビスクールは一瞬、呆ける。

そして、すぐに戸惑いの表情を浮かべた。

「…幸せだと――…?」

「そうよ。一緒にいると、うれしそうに笑ってくれるのよ!あなたは先生のそんな顔、何で見ないの!?」

ビスクールが視線をリズヴァーンに向けると、すっとその視線が外された。

だが、その金色の髪の奥で、仄かに赤く色づく耳が微かに見えた。

「…リズヴァーン…?」

小さく呟かれるビスクールの驚きをよそに、それでも、望美は言葉を向け続ける。

「それなのに、あなたは、ただ、否定をするだけ。」

静かにきっぱりと、望美はビスクールの前に事実を突きつけた。