短剣を突きつけられながらも、男が戸惑った声を出した。

「久しいな。ビスクール。」

まるで仇敵にでも会ったような、冷徹なリズヴァーンの返事に、男の肩が微かに揺れる。

「俺を覚えているなら、何故、俺に剣を向けるんだ…?」

「剣を納めるのだ。ならば、私も引こう。」

リズヴァーンの言葉に、ビスクールと呼ばれた男が、ゆっくりと剣を下ろし、鞘へと納める。

それを確認して、リズヴァーンも短剣を自分の足傍へと戻した。

そして、そのまま男の脇を抜け、未だ座ったままの望美のもとへと、足を進める。

「…先生。その人、知り合いなんですか…?」

差し伸べられる大きな手を取り、立ち上がりながら望美は尋ねた。

「馴染みの者だ。怖い思いをさせてしまって、すまない。」

「ううん。先生が謝ることじゃ…。」

「リズヴァーン。その女は何者だ?何故、ここに人がいる?」

二人の会話をさえぎるように、ビスクールが声をかけてきた。

リズヴァーンは静かに振り向き、望美の手を握ったまま口を開く。

「望美は、我が妻。共にここで暮らしている。」

優しい響きの声に、言葉に、望美は状況も忘れ、ぽっと頬を赤らめる。

あまり聞きなれない自分の呼び名に、望美の鼓動はさっきと違う音を奏でた。

…つっ、妻だって~!

望美は、恥かしいような、くすぐったい響きの音が妙にうれしくて、繋いだ手をぎゅっと握った。

リズヴァーンがそれに気づき、目元を緩め、望美へと視線を向ける。

それを聞かされたビスクールは、目を丸くしたままだったたが――…。

「望美。ビスクールだ。鬼の首領であり、同郷の者。」

リズヴァーンに顔を覗きこまれながら紹介を受けて、望美の頭には疑問符が浮かび上がる。

「…首領って、何ですか…?」

「鬼の長だ。」

「…じゃあ、偉い人ってことですか?ヒノエくんみたいに…。」

とりあえず、地位のある人ということで、仲間の名を上げてみれば、リズヴァーンが面白そうに笑む。

「…似たようなものだろう。」

「じゃあ、同郷って…?」

『何処の…?』とは言えなくて、望美は戸惑ったように、リズヴァーンを見つめる。

リズヴァーンは、少しだけ腰を屈め、望美の耳元に顔を寄せた。

「…やけどを負った後、世話になった里だ。」

囁くように言えば、望美はようやく納得したように、ニコッと笑った。