――…瞬間。

望美は勢いよく立ち上がり、部屋の中へと飛び込んでいく。

鬼の術で跳ばれて、不意打ちを受けないように、狭いところへと。

自分の剣をとりに行くために、部屋の中へと。

決して広くはない庵の中を、望美はすばやく駆ける。

だが、戦いのときとは違い、今の望美が身に纏っているのは町娘が着るような着物。

しかも、寝起きである。

うまくいかない足捌きが、家に上がってきた見知らぬ男との間合いを詰めさせる。

「あっ…!」

部屋の真ん中で望美は躓き、転んだ。

すぐに起き上がろうとするが、すぐさま、その首に冷たい刃が当てられる。

一瞬のうちに、望美の背筋を凍るような戦慄が走った。

久しく感じていなかった思いに、無意識に戦のときの感覚が蘇ってくる。

鈍い光が、望美の目の端に映った。

「…何故、『人』がここにいるんだ…?」

急所へと正確に刃を当てる男が、静かな声で尋ねてくる。

望美は恐怖で心臓が早鐘を打つ中、それでも、落ち着いて声を出す。

「…ここが、私の家だから…。」

「鬼の結界が張られているここが、お前の家だと言うのか?」

胡散臭げな様子のその声に、望美は無理に口元を引き上げた。

「…そうよ。ここは私の家。だから、あなたは出て行ってくれる?」

うつ伏せに倒れながらも、望美は顔だけをゆっくりと男の方へ向けた。

長身の男は、殺気を隠すことなく、望美を見下ろしている。

その瞳は氷のように冷たかった。

「『人』ごときがふざけたことを…。ここにいた鬼はどうした?」

鬼と聞き、男の目的が『白龍の神子』ではないのだと知る。

ならば、目的は、望美の愛しい人。

だけど、今、ここに彼はいない。

そう思うと、望美はそれだけで、少しだけ心に安堵が生まれる。

自分の愛しい人に刃が向いていない分、余裕が出てくる。

「…何でそんな事を聞くの?」

「答えろ。」

静かに怒りを滲ませる男に、望美は不敵な笑みを湛えた。

「それが、人にものを頼むときの態度なの…?」

望美の物言いに、男がクッと刃を首にきつく当てた。

ここで、男が刀を少しでも引いたら、望美の命は簡単に失われるだろう。

だが、そんな状況でも、動揺することのない望美を、男は眉を寄せ、睨みつける。

「…貴様、死にたいのか?」

それでも、望美は笑みを崩さずに、青い瞳を真っ直ぐに見つめ続けた。

「それって、昼寝を楽しんでいた私に、聞いてる?」

どこか挑発するように言えば、男がカッと怒気をあらわにする。

「女。もう一度、聞く。リズヴァーンは何処だ!」

男が望美の大好きな人の名を口にする。

その一言を聞き、望美は満足げに笑みを深めた。