『かちゃり』


(帰ってきたっ!!!)

鍵の音を微かに聞いて、望美はソファーから勢いよく立ち上がり、リビングから飛び出した。

「お帰りなさい!」

そう言いながら玄関まで早足で進む。

もう夜中なので、なるべく足音を響かせないように。
それでも急いで、リズヴァーンを迎えにいく。

視界に愛しい人を捉えれば、望美の顔が綻んだ。

「お帰りなさい。」

今度は、真っ直ぐにリズヴァーンを見ながら、うれしそうに言った。




≪どっちもどっち≫




…が、彼にしては珍しく返事が返ってこない。

腰を屈めたまま、望美を見ようともしていない。

それどころか、靴を脱ぐその体が微かに傾いている気がする。

(なんで、靴を脱ぐのに、手を壁についているの?)

望美は不思議そうに小首を傾げた。

「…先生?」

「…起きていたのか?」

小さな声で返事が返ってきた。

でも、呟きのようなその声は、不機嫌そうに聞えた。

(………おかしい)

いつもならば、こんな遅くまで起きている望美に、苦笑しながらも、優しく声をかけてくれるはずなのに。

今は、ゆっくりと靴を脱いでいる。

(いや、それもおかしいんだけど…)

いつも颯爽と行動するリズヴァーンには珍しいこと。

…体の具合でも悪いんだろうか?

そう思い、顔を窺おうと腰を屈めれば、急に起き上がるその大きな体躯。

『ゴンっ!』

大きな音がした。

…気がした。

実際は音なんてしていなのだろが、頭に響き渡る痛みに、聞えたような気がしたのだ。

「いっ…たぁ~~!!!」

「………。」

涙目で額に手を当て、体を丸める望美。

(先生!急に起き上がらないで~!!!)

心でそう思いながら、必死に痛みを紛らわせようとする。

額を自分で何度も撫で、摩りながら上目でリズヴァーンを窺う。

「…先生、大丈夫ですか?」

あれだけの音がしたのだ。

望美と同じぐらいの痛みを感じているだろうと思っていた。

…の、だが。

「…先生?」

何故か、リズヴァーンが呆然と立ち尽くしていた。

(やっぱり、おかしすぎる!!!)

明らかにおかしいリズヴァーンを、不審に思うなと言うほうがムリである。

(もしかしてっ!)

望美は咄嗟に手を伸ばし、リズヴァーンの額に押し当てた。