ふと、無性に寂しくなるときがある。


たとえば、大きな夕日を見ているとき。

たとえば、道端にある花を見ているとき。

たとえば、今。

浴衣を着て、縁日からの帰り道。

大きな満月の中、二人で歩いているのに、あなたの心に私はいない。

それが、寂しくて、仕方がない。


私を想うあなたの心には、私ではない『私』がいるから。

あまり長い時間ではない。

でも、『一瞬』と呼ぶには長すぎて、私は寂しくなる。

だからつい、声をかけてしまったり、抱きついたりしてしまう。

私はここにいると。

私を見て欲しいと。

でも、それを咎めようとは思わない。

きっと、私もそうだから。

あなたを想いながら、違う『あなた』を心で想ってしまうから。

私の知らない『私』を好きでいたあなた。

あなたの知らない『あなた』を好きになった私。

その想いは消えないから。




≪杯に浮かぶ月≫




「先生。今日は楽しかったですね。」

何も気づいてないフリをして、笑顔で見上げる。

澄んだ碧い瞳に望美が映る。

「あぁ。だが、少し遅くなってしまったようだ。」

優しい笑みを浮かべるあなたに、きちんと私が映っていて、少し、ほっとする。

「そうですね。少しお腹が空いちゃいました。」

帯が苦しくて、あまり食べれなかったし…。

そう続ける私をあなたは、愉しそうに見つめてくれるから、うれしくなる。

あの世界では見れなかった表情が、私は好き。

今のあなたを、愛おしく思っているから。


「帰ったら、これを食すか?」

リズヴァーンの手には縁日で買った食べ物がいっぱいある。

私はそれを覗きながら、自分のお腹と相談する。

「いっぱい買っちゃったから、全部食べれるかなぁ?」

「お前になら、出来るのではないか?」

からかうようなその声に、望美は軽く口を尖らす。

「出来るかもしれないけど、太ったら先生の責任ですからね。」

「承知した。」

くすくすと笑うその声も、軽口も、あの世界では聞けなかったもの。

だから私は、ふてくされつつも、許せてしまう。