山の朝は、寒い。

夜明け近くになると、望美は顔に感じる冷気に、体を丸めた。

「んっ…。」

寝ぼけながら望美は、隣にある暖かなものに、擦り寄った。

そして、そのまま再び、眠りについていく。




『暁』




一糸纏わぬ望美に擦り寄られ、リズヴァーンは、苦笑いをかみ殺した。

(無意識とは、恐ろしいものだ…。)

不埒な思いと男の熱を、理性で押さえ込む。

「…神子…。」

小さくつぶやき、その肩をゆっくりと、引き寄せる。

『私は、望美です!神子って名前じゃありません。』

そう言われてから、リズヴァーンは『神子』と口に出すことがなかった。

久しぶりに口にするその言葉は、遠く懐かしい響きを持って耳に届く。

『神子』と呼び、想い続けた数多の時間。

それは苦しく、もがき続けた日々だった。

想いに囚われ、暗い幸福に酔いしれていた。

だが今では、夢であったかのように霞む。

腕に抱く、その柔らかなぬくもりに、幼き日に失った幸福感をも感じる。

すべてが色鮮やかで、輝いていた。

穏やかな寝息をたてる望美の髪に、そっと唇をあてる。

「望美…。」

ささやくその名前は、甘く、リズヴァーンを酔わせる。

「…愛している。」

リズヴァーンは空いている片方の腕を、ゆっくりと望美の背に回す。

やさしく抱え込むと、望美の香りに、己が沸き立つ。

もう、隠すことのない想いに、喜びを感じる。

「…愛している。」

遥か長い時間、伝えることのできなかった想い。

「愛している。」

何度、声に出しても尽きることのない想いを、眠っている望美に伝える。

「愛している。」

いつでもお前だけを愛していた。

数多のお前を、私は、愛してきた。

だが、これからは、お前だけだ。

たった一人の、望美、お前だけを…。

「愛している。」



→後書き