優しいけど素直じゃない葵さんのことだ。もしすんなり天国に行かないで戻って来たらどうするの?


そう思って俺は部屋の移動を断った。


でもそんなのは言い訳で、本当は大切なこの空間を失いたくないだけだった。


傷だらけのベットの木枠、ひびの入った汚れた壁、所々穴の空いた薄いじゅうたん。


その全然にまだ拭い切れない葵さんの染みが残っている。


そこで俺は毎日、時間になれば一人で起きてバイトや学校に行って、部屋ではぽつんと椅子に座って現実から逃れるために勉強や漫画にふけり、また一人きりで眠りにつく。


そして無意識に葵さんのベットや椅子に目が向くたび、細胞の一つ一つが焦げ付くようなぎりぎりとした軋みを全身に感じてしまう。


葵さんがいなくなっても、俺の生活は、みんなの生活はなんにも変わらない。


一緒に笑ったりはしゃいだりした葵さんだけが、どこにもいない。


……俺は本当に独りぼっちになってしまったんだ。