雫-シズク-

「さ、佐伯さん。お騒がせしてすみません。学園の桜井と同室だった浅野です。こいつはすぐに出しますから」


そう言った坂井さんが俺の腕を引っ張り上げて、無理矢理体を起こそうとする。


「いやです!もう少しいさせて下さい!」


俺は必死に葵さんにしがみついた。


だって両親の真実を知った俺を心ごと握りしめてくれた優しくて力強かった手を、自分の心の傷を隠すように俺に見せてくれた柔らかい笑顔を、細くて傷だらけで猫背な体を、こうして実感できるのはきっと最後なんだ。


「早くしてよ!それでなくてもこっちはその子の尻拭いで大変なんだから!」


わめく葵さんの母親の後ろには、腕組みをした酷く面倒臭そうな顔の男の人が立っていた。


俺に向けられた坂井さんの表情は呆れていて、桜井さんは困まり果てている。


……ここにいる大人の一体誰が、葵さんのために悲しんでるっていうんだろう?