1965年、邦宏(クニヒロ)23歳 都子(トコ)18歳の若い二人が結婚し夫婦となった。
翌年の1966年には待望の第ー子の誕生に二人は喜び悩んで決めた名前は
昌弘(マサヒロ)である。その後、1969年には長女亜子(アコ)そして1971年に次男
修浩(ノブヒロ)が生まれ三人の子宝に恵まれた。長女の亜子に関しては特に
親戚の者が喜んだ。邦宏は八人兄姉の末っ子、長男の兄と年の差は約20
も離れていた。亜子のいとこになる身内は全て男の子ばかり唯一長男の
兄だけ娘が居た。亜子は20年ぶりの女の子誕生だったという訳だ。
喜ぶのは早い、これから苦難の人生が亜子と兄弟に起こる事を誰も知る
よしもない。邦宏は酒を飲みタバコも吸う、厄介なのが酒を飲んだ後
とんでもない出来事が子供たちに降りかかる「オマエたちを殺して俺も
死んでやる!」と片手に包丁を持ち叫ぶのである。
私たち兄弟は怯え、この時ばかりは父が悪魔に見える。逃げても無理
なのは分かっていた。6畳と4畳半しかない狭い借家に隠れる場所など
何処にもない、結局行き着く所は部屋の隅だけだった。
私たちに近付く悪魔…泣きじゃくる我が子に刃物を向ける父その瞬間
子供たちの前に現れる天使…母である。両腕を大きく広げ父に言う。
「アンタ、殺せるもんやったら殺してみ!けどな…子供たち殺す前に
ウチをメッタ刺しにして殺してからや!ホラッ、どないしたん?早よ
殺してみ~や」と怒鳴るのだ。この時ばかりは天使の母の姿でない。
まさに、悪魔のような顔つきになる。そんな母に父は何も言えない、
ただ一言「すまんかった」と謝るだけであった。
母は父の落ち着いた姿を見てホッとしたのだろう…怯えていた私達に
振り返り「もう大丈夫やで何があっても母ちゃんがアンタ達を守る
さかい心配せんでえ~からな。父ちゃん酒癖悪いけど今まで一度も
母ちゃんに手を挙げた事ないねんで(ニコッ)父ちゃんな~母ちゃんに
惚れとるからな~」と笑顔で話す。普段は優しく静かな母だが逞しく
見えた。まさに天使の母、それに引き替え父は悪魔だ。
こんな環境に育てられた子供たちは今後どうなっていくのか誰も
分からないのだ…