蝉の鳴き声が聞こえる。
積乱雲が無遠慮に青空をたゆたう。
太陽がアスファルトを焼く、その匂いを嗅ぐ。
8月。
某日。
坂を上って、もうずいぶんと見慣れてしまったような風景の中を、歩く。
まだ10年も、経ってないっていうのに。
「…………」
手に持った水と、花束と、線香が、重い。
「…………」
今日は、実瑠の命日だ。
――ずっと9歳の、キミへ。――
坂を上り、我が家の苗字が書かれたお墓へと向かう。
少しだけ緊張した。
わたしが、“わたし”と言えるようになって、初めてのお墓詣りだったから。
実瑠は、なんて思うだろうか。なんて、言うだろうか。
――。
わかんないなあ。
わたしは、9歳までの実瑠しか、知らないからなあ。
なんて。
蝉の声が、響く。
「…………っ」
一瞬、かげろうかと思った。
うちのお墓の前に、予想外にも、先客がいたからだ。