「かーのじょっ!」

 ふざけたお決まりの声かけ、金に近い茶髪、黒いスーツ――どこからどう見ても怪しい立ち姿で、その人物は笑いかけてくる。

「あ――」

 あまりの驚きに目を見張り、そのまま固まってしまった。親しげに肩に手を回し、「バレンタインなのに一人なの? 俺と一緒―」なんて続けて言われて、どう答えようかとうろたえた。その分、反応が鈍くなったかもしれない。

 予想に反したそれだったのか、首を傾げ、ぽりぽりとシルバーの指輪をはめた指で鼻の横を掻いた彼は、「マジで一人? なんでなんでー?」と覗き込んでくる。

「え、えっと……」

 答えに迷い、困ったように肩を縮めるあたしと、その側で距離をつめてくる茶髪の彼は、もうどこからどう見てもホストに捕まって困っている女子高生、の図だ。

「えーじゃあさ、店おいでよ! あ、店はまずいか。じゃあ俺まだ少しなら時間あるからさー、どっかでお茶でもする? だって寂しいじゃーん、こんなバレンタインに一人きりなんてさ! ねっ? ねっ?」

 どんどん話しかけてくる遠慮のない声は大きすぎて、すれ違う人たちの目線がわずかに同情を浮かべているように思えた。

 通じない携帯、無情に過ぎていく時間、そして――赤やゴールドの『ハッピーバレンタイン』の文字が目立つデパートのデコレーション。愛を誓う恋人たちの象徴なのか、大きなハートマークの電飾がやけに空しくさえ見えてくる。

「じゃ、じゃあ……」

 引きずられるように頷きかけたその時、「やったあー!」と喜んだ茶髪の顔が不意の驚きに歪んだ。

「なっ、何だよお前――」

 そう最後まで言わせないうちに、目の前を横切った影。そして同時に吹っ飛んでいく、黒いスーツの体。

「きゃっ……」

 叫びかけて、自分をかばうように前に立ちはだかった背中が、見覚えのあるものであることに気づく。