「あんたがこういうお節介、わざわざやるとはね。どういう風の吹き回し?」

「別に。ただ――あの時してなかったお礼を、今してみようかなと思っただけだ」

「お礼……?」

 本当に何のことだかわからなくて、眉間に皺を寄せたあたしは、ふっと笑った静に額を指で弾かれる。結構な痛みに腹を立てる前に、肩をすくめた静が言った。

「ホワイトデーにはまだ早いが、せめて一生に一度くらいなら、性に合わない役を引き受けてやってもいい。素直になれない、夜のお姫様の、恋のキューピッドをな」

「キューピッド――」

「お前がくれたチョコのお礼ってことだ。後悔は一度きりで十分だって、お前も言ってただろうが」

 言われた途端、遠い遠い胸の痛みが蘇る。

 まだこの男の本性を知らなかった頃、一瞬本気になりかけた、あの時の。だからあわてて義理にした。視線が重なり合った一瞬で、深入りしちゃいけない男だって気づいたから。

 結局自分の判断が正解だったことは今でも認めてるし、こいつに感じてるのは友情しかないって断言できる。

 でも――自分でも忘れかけるくらい深い心の奥底で、まだくすぶっていた炎があったのかもしれない。あの純粋な告白に答えられなかったのは、もちろんそれだけが原因じゃないけれど――。

「用事ついでにハナコに借りてきてやったから――乗せてってやろうか?」

 ちゃりん、と浅黒い指が取り出したのは車のキー。路地の裏に停めておいたらしい高級車を顎でしゃくる、その余裕めかした笑みになぜかムカついて、あたしは思いきり舌を出してやった。

「結構。そこまで借り作りたくなんかないわよ。夜のお姫様には自分の足があるから、あんたはあんたの可愛いお姫様を迎えにでも行ってやれば?」