抹茶な風に誘われて。~番外編集~

『女の人は――いつか赤ちゃんを産む体なんだから、吸っちゃだめですよ』

 最初に名刺を渡して、席に着くなりすぐそう言ってきた田舎出の冴えない兄ちゃん。ただそうとしか思ってなかった相手に、このあたしがこんな風にイライラさせられるなんて――。

 ――ヘビースモーカー中のヘビーなあたしが、今更タバコやめたりするわけないじゃない。

 頭では嘲笑うのに、なぜかムシャクシャしてタバコを買いに行く気も失せた。どうせ今日はこのままオフだ。だから家でもう一眠りしよう。タバコと酒と諸々の夜の匂いが染み付いた髪も体も、さっさとシャワーで洗い流したい。ただただそうする瞬間を待ちわびて、家までの道のりを歩きながら、ふと気づいた。

 通り過ぎるスーツ姿の社会人たちにとっては、今日は普通の平日で、まだまだ仕事中の時間。

 ――なんであいつ、家にいたんだろう。

 公務員なら、とっくに出勤してるはずの時間。それをわざわざ家にいたのは、あたしのため――?

 そこまで考えて、ぶるぶると頭を振った。

「関係ないわよ、あんなヤツ」

 また店で顔を合わせたら、お詫びだとか言って一杯ぐらいおごってやればいい。あんなこと言ってても、毎日飽きもせず通ってくることなんてわかってるんだから。

 結論付けて、頷いた。再びカツカツとヒールを響かせながら、自宅の手前まで歩く。あとは階段を上って、二階の角部屋に飛び込むだけ。

 とりあえず自分のベッドにダイブするのが一番だと顔を上げた瞬間、あたしは口を開けて固まってしまった。

「ちょっ……何やってんのよ、こんなとこで」

 静、と名前を呼ぶまでもなく向こうから片手を挙げ、あたしの部屋の扉から背を離した男。いつもの着物とは違う、スーツ姿に目を向けていると、ニヤリと笑みを浮かべて見下ろしてくる。