抹茶な風に誘われて。~番外編集~

「なんでダメなんですか? 夜の仕事にも疲れたって――言ってたじゃないですか。今フリーだって、お店の子にも聞きました。香織さん――いえ、今日子さんだって、そろそろ普通の女性に戻って、僕と結婚――」

「なんで好きでもないあんたと結婚なんてしなくちゃいけないのよ」

 思わず振り返って睨みつけたら、途端にうっと言葉につまる。眉毛がたちまち八の字になって、珍しく振り絞ったらしい勇気がしゅうんとしぼんでいくのが目に見えるようだった。

「そ、そう、ですよね……でも――」

「でも何よ」

「どうしても僕じゃダメ、ですか……? 今日子さんを幸せにする男は、僕じゃダメなんでしょうか――?」

 おずおずと向けられた瞳には、不安と緊張と怯えがせめぎあっている。いつもよりも真剣な、強張った頬を見ていられなくて目を逸らした。

「ダメじゃなかったら、とっくにそう言ってるわ」

 ふん、と鼻で笑って言い捨てる。さすがにこれであきらめるだろう――そう思ったから、あえて振り向かずに靴を履いた。

 音を立てて扉を閉め、ヒールの音を鳴らして廊下を歩くあたしがエレベーターに乗り込んでも、追いかけてくることはなかった。




 バレンタインなんて、終わってしまえば何でもない。あんなイベントが意味を持つのは、幸せな恋人たちか、本気の恋に悩むお子様ぐらいなんだから。

 真っ昼間の見知らぬ商店街を通り過ぎ、地下鉄に乗り込んでもなお、あたしの仕事着は場違いらしい。見るからに夜更かしした水商売の女なんだから、当然の目線だろう。

 わかってはいてもなぜか今日は苛ついて、降りてすぐにタバコを探した。くしゃり、と潰れた箱がポケットから出てきて、舌打ちする。