抹茶な風に誘われて。~番外編集~

「ふうん……そうなの。なんか、その――悪かったわね」

「いえ、僕は別に……一人暮らしだし、もちろん彼女とかいないし、困ることなんてないですから」

 そんなことぐらいわかってる。熟知してる、と言い換えてもいいぐらいだ。何せ店に来るたびに一人がどれだけ寂しいか、大家族で育った田舎が恋しいか、いいお嫁さんを見つけて結婚したいか、聞き飽きるぐらい聞いてきたから。

「えっと……じゃあ、あたし、帰るわ」

 タバコを取り出しかけて、灰皿がないことに気づいたあたしは、落ち着かずに早々と立ち上がった。当然の選択肢だ。だって、この男と二人きりになって、何をどうするというのか。

 ――他の男ならともかく、こいつだけはそういう展開になるわけにいかないのよ。

 なってしまえばもう、拒否できなくなる。今まで退け続けてきたこの男の真剣な気持ちに、向き合うことを――。

「ちょっ、ちょっと待ってください、香織さん!」

「それは源氏名。あたしの本名は今日子よ。ダッサイでしょ? あんたが見てるこの顔だって、体だって、全部作り物。金で買った紛い物なんだからさ、朝日を浴びれば消えちゃうの。灰になって、おしまい――だからさ、早く帰らないと」

「な、何言ってるんですかっ、そんなこと――」

「あるの。夜の幻はネオンサインの中で見て初めて綺麗に見えるもんなのよ。ね? あたしに会いたきゃ、また店に来てくれればいいじゃない」

 本当に言いたいことは、もっと別にある気がしたけれど、それを口にする気になれなくて。散々この年下の純朴青年に言い聞かせ続けてきたことを繰り返した。

 いつもは困ったように笑って、それでも従うはずだったのに――今日に限って、腕を掴んで引き止められてしまった。