ハッピーバレンタイン、外で翻る旗にも印刷されたその文字に、もう空しさも悲しさも感じない。感じるのは、温かで優しい体温だけ。

 テーブルの下でそっと握ってくれた手の温もりに笑って、少しだけ不安になった。

 ずっと応援してきたバンドのデビューが決まって嬉しい反面、もっともっと注目を浴びる存在になってしまう彼のこと。

 でもこれで、あの二人に――大事な親友たちにこの不器用で照れ屋の彼氏の自慢ができるんだ。自慢、してもいいんだ――。

 心のどこかで複雑だった気持ちの重荷が下ろせて、ほっとする。もしかして自分のことが原因で、雅浩やバンドのメンバーに邪魔になるようなことがあったら。そう思って我慢してきた。ただの大学生だとしか言ってなかった。

 これから有名になる彼だから、余計に大っぴらにはできないかもしれない。でも、その秘密と共にきっとあの子たちなら応援してくれるだろう。

「優月には、きつく口止めしとかないとだめだけどね」

 呟いて苦笑したら、今度は雅浩も笑う。

「ところでさ、咲――さっきの男に付いて行こうとしてただろ」

 いきなり鋭くなった瞳に覗き込まれて、驚きが隠せない。

 本当はあの時、何もかもぶちまけて、話を聞いてもらいたかった。あそこで雅浩が来なかったら、きっと付いて行ってた。

 それはもちろん何度もかをるちゃんたちと一緒に遊んだ相手で、もう自分の友達も同然だから、なんだけれど。

 その事情を知らない雅浩は、何やら疑念の目で見ている。