黒水晶


人間たちの間で、幻の万能薬として語り継がれている魔法薬。

《再生の雫》

マイはそれを持ち合わせていない。


フェルトの言う通り、《再生の雫》には、致命傷を負った人間の命を救う力がある。

それに加え、若返り、前向き思考になる、潜在能力の覚醒と向上、延命といった効力もある。

原材料に使われる木の実や聖水。

それ以外にも、《再生の雫》には、砂鉄一粒分の気化した魔法使いの命が込められている。


人間の力だけでは作れない、夢のような薬。

麻薬に似て非なる物。

それを人々は「願いが叶う薬」と誤認し、渇望(かつぼう)した。


人間は弱い。

自分に自信のある者もない者も、自身の存在感を確立して地位を上げるため、あるいは、愛する相手との永遠の絆を望み、《再生の雫》を求め、さ迷った。


マイが一人暮らしをしていた頃にも、《再生の雫》を購入したいと申し出る客が時折店にやって来た。

世界で名の知られた大富豪が訪れたこともある。

人々から「努力」や「ありがたみ」といった人間的精神を削ぎ落とし、自力で立ち上がる尊さを奪い、他力本願にしてしまう薬。

そう感じたため、マイはあえて《再生の雫》を作らなかったし、作り方が書いてある魔法書を見つけてもすぐに燃やしていた。

やや強引なやり方だったかもしれないが、人々の中に眠る無限の可能性を摘み取りたくないと感じ、そうしたのである……。


死に近付くエーテルを見つめ、マイは震える声で謝った。

「エーテル、助けてあげられなくてごめんね……。

私は、再生の雫を、わざと作らなかった。

もし作っていれば、今すぐ、その痛みからエーテルを掬(すく)い出してあげられたのに……!」

「いえ。あなたのせいではありませんよ」

フェルトは思いやるようにそうつぶやく。