黒水晶



ヴォルグレイトは、城の最上階に位置する国王専用の執務室に戻った。

扉を閉め、窓のそばにある仕事用デスクに近づく。


「……イサのヤツ、どこをほっつき歩いているんだか」

デスクの上に置いてある青い水晶に手をかざした。

これは、イサの剣と通信をするために使われていた物。

イサの行方が知りたくて通信しようとしたのだが、しばらく沈思(ちんし)し、やめておいた。


「イサ……。お前を護衛の任務に就かせたのは、間違いだったのか?」

ヴォルグレイトは、水晶にかざしていた右手をそっと引っ込め、窓から見下ろせる城下街の様子に視線を移した。

彼の心境と反するみたいに、街はにぎわいを見せている。

ヴォルグレイトの目は無意識のうちに、市場で買い物をしている夫婦の姿にいった。

日も傾き始めているし、夕食に使う食材でも選んでいるのだろうか。

「ルナ。お前の無念、必ず私が晴らしてやるからな……。

もう少し、待っていておくれ」

つぶやくと、デスク上の写真立てを見つめた。

そこには、綺麗で物静かな印象の女性が写っていた。

柔らかそうな栗毛を胸元まで伸ばし、色白な顔にあたたかな笑みを浮かべている。

澄んだ瞳。

聡明(そうめい)そうな雰囲気。

イサの母親であり、ヴォルグレイトの亡き妻、ルナ王妃だ。


イサは、ルナに似ている。

髪の毛や肌の色、瞳の形までも……。


ルナは、生まれつき体が弱く、ヴォルグレイトと結婚しイサを出産してからは、それが顕著(けんちょ)に表れていた。

健康面からして、ルナは王妃という立場には向いていなかった。

だが、古い時代からガーデット帝国とつながりのある伯爵家の娘だったルナは、幼い頃からヴォルグレイトの許婚(いいなずけ)になることを定められていた。