黒水晶



ガーデット帝国。

城内階段の踊り場にて――。

「おい、カーティス。

イサを見なかったか」

街から戻ったカーティスとすれ違うなり、ヴォルグレイトは尋ねた。

カーティスは、さきほどイサが城の敷地外へ出かけて行ったことを知っていたが、

「いいえ、見かけておりません。

今の時間、イサ様は公務をしていらっしゃるのでは?」

「……うむ。様子を見に行ったが、執務室にもいなかった」

「そうでしたか。

私も、イサ様を見かけたら、すぐさま公務に戻るようお伝えいたします」

「ああ。そうしてくれ」

終始威圧的な雰囲気をまとっていたヴォルグレイトは、サッサとその場をあとにした。

カーティスは、思いつめた表情でヴォルグレイトの背中を見送る。


ヴォルグレイトが過去におかしたあやまちと、

今、企(くわだ)てている陰謀……。

カーティスはそれら全てを知っている。

ゆえに、常日頃からヴォルグレイトの傲慢(ごうまん)さに振り回されていた。

それでもカーティスは、ヴォルグレイトのことを嫌いにはなれなかった。

“ヴォルグレイト様……。

本当に、これでいいんですか?

あなたが望む現実は、もっと違うものだったはずです……”


カーティスは、かつてヴォルグレイトが体験した悲劇を思い出していた……。