泡沫眼角-ウタカタメカド-

* * *

同日・深夜2時過ぎ

ヴーヴーヴー

言乃は鈍いバイブレーションの音で目が覚めた。

──こんな遅くに、いったいどなたでしょうか…?

失礼極まりない時間の電話だというのに、言乃は不思議そうに眉をひそめ携帯電話を見つめる。


この通話ボタンを押すべきか否か迷っていた。


出ないのではない。
出ることが出来ないのである。


いや、その表現は的確ではない。
出たとしても“会話をすることが出来ない”のである。


携帯を見つめる女の子、屋代言乃(ヤシロ コトノ)は声を出すことが出来ないという障害を持っていた。

例外を除いて、普通の人間とは一切言葉を交わすことが出来ない。

それゆえ、普段は携帯のメール画面に文字を打ち込んで会話をするという手段をとっている。



言乃のことを知る人物は皆、彼女のハンデを熟知しているし、こんな時間に通話を求めるようなものはいないはず。


つまり、電話の相手は言乃のことをよく知らない。



そんなさまざまな理由から、電話をとることを迷っていた言乃だったが、やはりでないのは失礼に値するだろうと思って、通話ボタンを押した。