走って、走って、走って。
いつしか走り疲れて減速し、足を止めると肩で息をしながら現在地はどこだろうと辺りを見回す。ただがむしゃらに走ってたどり着いた場所だったからここがどこだかわからなかった。
周りには木々が生い茂っていて、走った後の汗ばんだ体に涼しい風が吹いてくる。住宅はこの辺りにはないらしく、一本道が続いている。どうやら脇道に入ったようだ。
呼吸も落ち着き、平常心も戻りつつあった。
耳をすましてみればさっきとはうって変わって蜩<ひぐらし>の鳴き声がなんだかもの悲しげに響く。空を仰ぐと黄昏時が終わりを告げるように薄暗くなっていた。
目を閉じて頭を軽く左右に振る。それでも先程みた光景は記憶から消えてくれない。
教室でみたのはクラスメイトの女子だった。
話したことはない。どちらかといえば控えめなタイプの、普通なヤツ。
けれど、さっき彼女は泣いていた。放課後の学校という音のない世界で、声もなく。
声を押し殺してるわけじゃない。
彼女はそれが自然な事のようにしていた。ただ目から涙が伝っているだけだ、とでもいうように身動きもせず、感情が抜けたような無表情で。
――あんな泣きかた、みたことない。
異常な光景の中で彼女は自然だった。あれは、今までずっとそうしてきたんだろう。
そう思うとぞっとした。
何がそうさせたのだろう。
何が、そこまで彼女を歪ませた?
あの泣きかたは、彼女を取り巻く世界がどんなものなのか物語っているようで、理解したとたんに逃げていた。
あの場から少しでも遠くへと逃げたかった。
だってそんな世界があるなんて信じたくなかったから。
でも、知ってしまったんだ。俺が知らなかっただけで、そんな世界があると。
なら後戻りはできない。
目を開けてしっかり前を向く。なぜだろう。
なんだかさっきみた景色と違うふうにみえる。
答えは直ぐに分かった。
俺を取り巻く世界が、変わったんだ。
少し口角を上げる。
なんだ。簡単なことだったんじゃないか。
そして俺は
また走り出した。
