しん、と静まり返ったその空間には彼と彼女しか存在してないように思える。
「―――名前聞かなかったの?」
「すみません、でも伝言で…ネクタイを届けに来たそうです」
「……ネクタイ?」
「はい、それだけです。すみませんでした」
謝り倒してたと思ったら他人行儀に滑車がかかる彼女。それでも危険な匂いがするこの出来事に慎重にならなければいけない彼。
「…そっか、ありがとね」
「いえ、ここまでありがとうございました」
業務的に頭を下げるとくるりと身を翻し、カンカンと控えめに音を鳴らしながら階段を上っていく。
彼は、その後ろ姿に言い様のない不安を覚える。
「(コトが、消えちゃう)」
一番端のドアの前についた彼女は未だアスファルトの上にモデルさながらに立つ彼を見つめて一礼。
すると、すぐ様駆けるように部屋のなかに入っていった。
じっとドアを見つめて彼はその端正な顔を厳しくさせる。
「(厄介なことになんなきゃ
いいけど…)」

