彼女がかけたのは彼ではなく、彼の担当者である熊谷さん。いつもより低めで威圧感さえあるような声音にほんの少しだけ動揺する。
が、しかし。臆病を隠すために備えてきた自身の冷徹さが垣間見えるとそれは杞憂に終わる。
《こんばんは、倉木です》
《………コト、ネちゃん》
《はい、倉木小音です》
機械越しの挨拶に拍子抜けしたような間抜けな声を聞かせた熊谷さんはすぐにいらぬ勘を巡らせる。
《どうしたの、敬のこと?》
《先生、というよりは仕事のことです》
《ハウスキーパーの?》
《はい、そのことでちょっと》
業務的会話の奥に潜むなにかを壊さないように慎重に言葉を選んでいる熊谷さんを想像し、懐かしくなる。たった3日だけど。
熊谷さんは一瞬だけ言葉を詰まらせるもすぐに誤魔化すように言葉を被せる。
《何かあったなら伝えておくよ》
《助かります。“今日限りで辞める”と伝えといてもらえますか?》
《―――――》
息を飲む音が、間近で響いた。
さらりと、まるで用意された台詞のように無感情で声にのせられたのは、きっと脳内で繰り返し練習していたからだ。
《(よかった、すんなり…)》
言えた。と、安堵の息を肺から出そうとして息を止めたその瞬間に彼曰く、性格があまり良くないらしい熊谷さんが低い声を投げ掛ける。
《だから、――非通知なのか》

