溺愛男子


 大きな花束を持ったその人は私に近づく。



「…どうしてそんなに俺を拒むの? 俺…何かした?」

「……ふざけないでよ。何もしてないつもりなの?」



 本当に分からないと言い出しそうな表情。




「私はあなたの何…?」

「何って恋人じゃないか」

「恋人…? 私がいつ告白した? された?」

「…君と出会った日じゃないか」




 どんな偽りの記憶を刻んでいるのだろうか。




 この人にとって私は恋人らしい。





 大きな花束を私の腕の上に乗せると微笑む。




「私はあなたと付き合ってないの」

「何を言ってるんだ? 杏里、冗談はやめろ」



 眉を下げる目の前の男は近くにあった椅子に座ると私に手を伸ばす。




 反射的にその手を払ってしまった。




「あ、んり…?」

「…本当にあなたとは付き合ってないのよ、工藤さん」

「そんなわけないじゃない、か…」




 少しずつ少しずつ揺らいでいく工藤さんの瞳。




 焦り始めたのか、頻りに足を震わせて私の頬に手を寄せようとする。