雨の音

店を出たあと、塁はまっすぐに「美しい顔をした男」がいる場所に向かった。


「彼」はまだ同じ場所に座っていた。

近づいていくと、より一層彼の顔の美しさに目を見張った。


彼の表情からはまったく生気が感じられないのに、瞳だけが黒真珠を嵌め込んだように漆黒で、濡れているようだった。
そして、それだけが、彼の強い生命力を物語っているのだ。



塁は彼の前で腰を曲げて立ち、同じ目線で声をかけた。

「どうしてここにいるんだ?」

「おなかが減って、動けなくて・・・」

「金はないのか?」

塁は唐突にそう聞いた。

「ないんです。」

「近くに知り合いとか、親戚とかいないのか?」

「いないです」

彼は塁から目をそらさずに言った。

「そうか。おなかが空いているけれど、金も知り合いもないってことだね?」

塁は確かめるように聞いた。

「はい。働かせてもらおうと思って、いろんな店に面接に行ったけど、15歳じゃ、無理だって言われて」

「そうか。私たちは今から食事に行こうと思ってるんだけれど、君も来るか?」

塁はあごを撫でながら言った。

「いいんですか!?」

彼の瞳がきらきらと輝いた。

「ああ、かまわないよ。今から行くレストランは私の店だから、気にしなくていい」

「はい。ありがとうございます」

「雪、彼に飲み物をあげなさい」

僕は彼にボルヴィックのペットボトルを渡した。

彼は受け取り、美味そうにごくごくとのどを鳴らし、一息で飲み干した。

「ありがとうございます。のどもすごく渇いてて・・・」

彼は立ち上がり、頭を下げた。

「いいよ。さて、君の名前と年齢を教えてくれるかい?私は柏木塁。画商をしているものだよ。彼は二宮雪。雪と書いてセツと読むんだ。画家の卵だよ」

「水谷慎一です。もうすぐ16歳になります。」

僕らはタクシーに乗り込んだ。