雨の音

あの日、僕と塁は知り合いのゲイバーのママの誕生日にプレゼントを渡すために、新宿二丁目のママのお店に向かっていた。

雨足が少し弱くなっていたので、僕らは途中、人垣とひそひそ声に気づいた。

僕は「なにがあったんだろう?」

そう思い、人垣を覗いてみたら、そこには古代ヨーロッパの女性の彫刻のような美しい顔をした男が、ビルとビルのあいだに座っていた。

服も髪もぼろぼろだけれど、彼の美しい顔立ちのせいか、その佇まいのせいか、みすぼらしい雰囲気はまったくしなかった。

「美しい男だねえ」

塁は一言そう言い、

「きっとだれかが買っていくよ。さ、早く店に行かないと、せっかくのママの誕生日なんだから」

僕は、確かに彼ならほしいと思う人間は二丁目にはたくさんいるだろうとひとりごちて、僕らは人垣をあとにした。



「あら、塁さんじゃない!いらっしゃーい!わざわざ来てくださって、うれしいわ。あ、せっちゃんも来てくれたのね!いやーん、ママうれしいわ!こんな可愛い男の子を傍に置いてる塁さんがうらやましいわよ!」

まだ、開店前だったせいか、僕らのほかに客はいず、ボーイが数人いただけだった。

ママは僕と塁を抱きしめ、頬に軽くキスをした。

「ママの誕生日だからね。これは僕から」

「あら、せっちゃんは油絵を描いてくれたのね。新進気鋭の画家の絵はうれしいわ!せっちゃん、ありがとう!さっそく飾らせていただくわ」

「これは私からだよ」

華奢なママの腕にぴったりのピンクゴールドにダイアモンドをあしらった、カルティエの時計だった。

「きゃー!とても素敵ね!」

ママは今までつけていた時計を素早くはずし、塁からもらった時計を丁寧にはめた。

「あたしにぴったりね。すごくうれしい!二人とも、素敵なプレゼントありがとう!今日はゆっくりできるの?」

ママはカウンターに入り、塁にはスコッチを、僕にはジントニックを作った。

「いや、ここ最近CD4(ヘルパーT細胞というリンパ球)の数値があまりよくないんだ。今日は体調が良かったし、ママの誕生日だから来たんだよ」

塁はにっこりと笑い、スコッチをストレートで飲んだ。