「カマかけてみただけだったのに。本当に部屋の前にいたなんて」
『カマかけたのかよ……』

 そして部屋にあきが入ってきて、私達は同時に電話を切った。

「久しぶり」

 頬を掻きながら言うあきは、居心地が悪そうだった。

「あれ、何?」
「……やっぱ、まずかった?」

 テレビ番組で仲直りなんて言い出したことに、私が腹を立てていると思っているのか、あきはうつむいた。

「違う。ゆくゆくは結婚って何?」
「えっ」

 私は口を尖らせて、

「そろそろって何? 私、そんなの聞いてない」

 文句を言った。私がもう怒ってないと気づいたのか、あきは安心したように笑って、私を抱きしめた。

「ごめんな……?」
「私も、ごめんね。あのとき、頭に血が上っちゃって……」
「いや、俺が真子を不安にさせてた」

 あきが私の頬を撫でて、そっとキスを落とした。

「真子に捨てられたかと思った……」
「私は、あきが帰ってこないかと思ったよ」

 私はあきの骨ばった手に触れる。

「真子、俺はずっと真子だけしか見ないから」
「……私も、あきしか見ない」
「だから、ずっと、一緒にいてくれ」

 低くて甘い声に、私はひどく安心して、あきに身を任せた。

 ずっと、一緒にいる。
 ずっと、あきだけしか見ない。


 そう、思っていたのに。



「あきぃ……っ」

 ヒロの笑顔が浮かんでしまったことに、ひどい罪悪感を覚えた。


 私が思い出したいのは、青黒いヒロの髪じゃない、銀メッシュのあきの髪だ。
 躊躇うように触れるヒロの手じゃない、愛しい者に触れるようなあきの手だ。
 透き通るような低いヒロの声じゃない、少しだけ掠れた痺れるようなあきの声だ。
 はにかんだように笑うヒロの笑顔じゃない、優しく包む込むようなあきの笑顔なのに。

 なのに、どうしてヒロの顔が浮かぶの?

 あき、嫌だ。
 貴方の笑顔を忘れたくない。
 あれだけ色褪せずに私の中にとどまり続けたのに、なんで、あき?

 私は、あきを忘れたくないのに。
 私は、あきだけのものなのに。