「大翔くん、大翔くん」
「ん?」
「この人誰だっけ? 名前ド忘れしちゃった」
 面倒くさいな。今、俺はみそ汁と格闘していて、なかなか溶けない味噌に業を煮やしている最中なのだから、そういった疑問はぜひとも自己解決に至ってほしいものだ。
「ああ、何だっけ?」
 後ろも向かず、適当に答える。答えになっていないが。
「何だよー。ちゃんと、コッチ見て答えてよ、大翔くん」
「そっち見たらみそ汁できないじゃん」
「みそ汁ぅー!? みそ汁とあたしの疑問、どっちが大切なの!?」
「みそ汁。俺腹減った」
「空腹に負けるとは……」
 とりあえず決着したらしい。安心して味噌を溶かす作業を続けられる。あと少しなんだ。キレイに溶けないと美味しいみそ汁にならない。

 食卓に白いご飯とピンクの焼き鮭、緑のきゅうりのぬか漬けに俺の作った黄金のみそ汁、具はわかめと豆腐。素晴らしいできばえだ。もちろん俺が作ったのはみそ汁だけで、ぬか漬けと焼き鮭はコンビニで購入、白いご飯は炊飯器様がお炊きになられた。
「すっごーい! 大翔くん、良いお嫁さんになれるんじゃない?」
「あー、稼いでくれる旦那のもとに嫁ぎたいな」
 にこりと笑った彼女は、俺の目の前に雑誌の1ページを突きつけた。でかでかと男の顔が載っていて、整髪料の広告らしい。いわゆるイケメン俳優ってやつだろうか。
「この人、誰だっけ?」
「え、まだ分かんなかったの? 検索すれば良かったのに」
「検索とかよく分かんないし」
 キカイに弱い頭だといつだか言っていたか。今から検索するのも面倒くさいし、このまま放置してたら忘れた頃にまた言われるに決まってる。面倒くさいな。誰だったっけ。っていうか、この手の俳優って顔が似たり寄ったりで印象に残らない。
「分かんない。イケ面メン男とかでいいんじゃない」
「えー!! それにしても、もうちょっとどうにかしてよ、名前!」
「じゃあ、間中大翔にしよう」
「大翔くんはこんなにイケメンじゃない!」
 冗談でもそう思い切り言われると凹む。
「飯食おう。腹減ったよ」
 テーブルに並んだ白飯が、早く食ってくれと俺を急かす。急かされているのは彼女も同じようだった。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
 二人同時に箸を手に取り、まずはみそ汁から豪快にすする。いつの間にか日課になっていた。