これはビールだ、ビールなんだ、と自己暗示をかけながら缶を開ける。プシュという音と白い泡は、まさにビールだ。冷凍庫でよく冷やしたグラスに最初は勢い良く注ぎ、半分以上まで泡が上がったところで静かに注ぐ。根拠はないが、これが一番美味い注ぎ方の気がする。
「ただいまー。今日は立ちっぱで疲れたよー」
 藍璃ちゃんの元気な声をつまみに、とりあえず一口いただく。美味い。やっぱり。
「おかえり。いただいてます」
「あっ、ビールだ。美味しそうに注いだね」
 やっぱり、未成年から見ても美味しそうなのか。ちょっと自信がついた。
「だろ? ビールは、この泡が美味いと思うんだよね」
「私も飲みたいなあ」
 ちゃっかり自分のマグカップを突き出す藍璃ちゃんに、思い切り首を振る。
「あと2年我慢」
「けち」
 藍璃ちゃんは、重たげなバッグを床に放り投げ、冷蔵庫へ向かう。藍璃ちゃん専用のオレンジジュースをマグカップに注ぎ、一気に飲み干した。っていうか、そのマグカップ朝使ってたやつじゃないのか。
「大翔くんって土日ちゃんと休みなんだね」
「今のトコはね。藍璃ちゃんはバイト?」
「うん。今のトコは土日出勤が多いよ。イベントのスタッフなんだ」
「ふうん、音楽関係の?」
「ううん。子供向けのショー」
 あんまり想像できない。そもそも藍璃ちゃんは音楽関係で食っていきたいんじゃなかったのか。まあ、他人の人生に口出しできるほどの人間じゃないと、俺だってそのくらいはわきまえている。深く追及はしない。
「最近さあ」
 かたん、と音を立てて椅子に座る。俺に向かい合う席が彼女の定位置だ。
「保育士とかもいいなあって思うんだよね。子供好きだし」
「あー、合ってるかも。藍璃ちゃんって子供っぽいし」
「そう? なんか大翔くんに褒められるとちょっと照れるなあ」
 全然褒めてないけどね。
「まあ、まだ時間はあるんだし、ゆっくり考えればいいんじゃないかな。俺だって、時間があればゆっくり考えたかもなあ」
「ふうん」
 オレンジジュースを注ぎながら、藍璃ちゃんは少し考え込んでいるようだった。
「大翔くんはさ、夢ってあるの?」
 夢か。あったような、なかったような。たぶん、もっと小さい頃にはあった気がする。とはいってもクジラになりたいとか、仮面ライダーになりたいとか、空想のものに憧れていただけで、藍璃ちゃんみたいに音楽家になりたいっていう職業に憧れたことは一度もない。
 そういえば、藍璃ちゃんは子供向けイベントのスタッフやってるって言ってたな。
「あ、そうだ。仮面ライダーになりたかった」
「今、ちょうど募集してるよ。やったら?」
 やっぱりな。