不動産屋の帰り、タケカワ藍璃に誘われて喫茶店に入った。とりあえずあの部屋は二人とも保留にしておいて、週明け連絡すると伝えたのだ。ああ、まあ、譲ってくれとでも言われるんだろうな、とその時はそう思った。
「あの、部屋のことなんですけど」
 彼女はアイスミルクティをストローでかき回しながら切り出した。あの部屋自体女性向けだし、俺としてはまた他の物件を見て回るくらいの時間ならあるわけだし、譲るのは一向に構わなかった。
「ああ、はい」
「あのですね、私あの部屋気に入っちゃいまして」
 ほらきた。
「ええ、いいですよ。こちらは全然構いませんので」
「えっ、ホントですか!?」
 がたん、と音を立てて立ち上がる。そこまで嬉しかったのか。譲って良かったな。
「はい」
 精一杯の笑顔で頷くと、彼女は頬を少し紅潮させて頭を下げた。
「ありがとうございます、嬉しいです。これから、よろしくお願いしますね」
「はい?」
 これから? いや、よろしくするのは不動産屋とか大家とか、そっちの方だろ。俺は関係ない。
「ええと、あの」
「良かった。私一人暮らしって向いてないんですよ。誰かが一緒に暮らしてくれるなら、そっちの方が心強いし」
 何か、話が見えるようで見えない。つまり、あれか、彼女は俺とルームシェアをするつもりなのか。それを俺が了承してしまったということなのか。
「ちょっといいですか、タケカワさん」
「あ、はい」
 素直に腰を下ろす。
「タケカワさん、ルームシェアするつもりなんですよね」
「ええ、そうです」
「お友達と、とかなら分かるんですけど、俺とですか?」
「はい」
「俺、男ですよ」
「そうみたいですね」
 ダメだ、察してほしいのに。
「普通、男女でルームシェアっていうのは……同棲って言うんじゃないですかね」
「えっ」
 ストレートに言わないと伝わらないタイプの人間らしい。いるんだよな、こういう鈍感というか、人の気持ちに気付かない人って。
「あ、そうか。なるほど……じゃあ、こうしましょう」
 なんだろう、へこたれないところに嫌な予感がする。
「私の事、男だと思ってください。今日からお友達になりましょう、間中さん!」
 そんな無茶な。飲みかけのコーヒーが冷めきるまで、俺は呆然としてしまった。