築15年、最寄り駅から徒歩3分。そう古いわけでもなく、便が悪いわけでもない。そうは言っても建てられてから15年は経過していて、都心から離れた駅からは3分は歩く。人気の路線の沿線だとかで、家賃は中途半端に高かった。

「あー……月9万……共益費とかも別っすよね」
「込みだと10万くらいですかね」
 面倒そうに答えるハゲたオッサンの顔には「学生には無理だろうな」と書いてあった。俺にはそれが見える。というか、誰にでも見えるくらいだろう。昼飯直後の時間帯、午後1時半だったか、よく晴れた日のことだ。不動産屋のオフィスはガラス張りの1階で、これがまたお誂え向きに日が良く差し込んでくる。要するに、ハゲたオッサンは眠いんだ。それで、こういった面倒そうな対応になっているに違いない。
「どうします? 現地行きましょうか?」
 あくびを噛み殺した仕草を一瞬見せたオッサンは、ごまかすように立ち上がった。やばい。現地なんか行ったらなんだかんだで契約してしまいそうだ。現地って、そういう魅力があるというか、勢いがあるというか。
「あ、ちょ、ちょっと待ってください。他は?」
 不服そうに眉を寄せ、オッサンはまた座った。
「そうですね……大体、ご予算はどのくらいですか? 学生さんですよね」
「いえ、会社員です」
 普通、こういうことは最初に聞くだろ、と内心で突っ込んでおく。
「いや……すみません、会社員の方で……」
「いえ、新卒なんで、まあ半分学生のようなもんです」
「ああ、なるほど。それじゃあ、こちらの物件では、ご予算的に少し不安ですよね」
「そうですね」
 ははは、というきれいな発音で苦笑した。何だろう、会社員と答えただけで少しオッサンが友好的になった気がする。
「では、こちらの物件はいかがでしょう。築35年ですが、駅から1分で近いんですよ。さきほどの物件と同じ路線ですし、便は良いですよ」
 確かに、先ほどのよりは都心に近い駅だし、築年数は進んでいるものの、鉄筋コンクリートの7階建てマンションで丈夫そうではある。
「お家賃は?」
「6万5千円で」
 何かあるな。これは、さっきのとは逆で現地に行くと契約したくなくなりそうな物件だ。どうする。6万5千円で曰く付きの物件と、10万で魅力的な物件。少し悩んだが、こういう時は
「さっきのと、両方見せてもらってもいいですか?」
 とりあえず、二つとも押さえておくに越したことはない。オッサンは、少し嫌そうな顔をして、「分かりました」と頷いた。