沙希が何を見つめているのか気になって視線を追ってみる。

その視線の先は、雨に淀んだ空でも私の家でもなく。

拓ちゃんの家の2階だった。

2階にはまさしく拓ちゃんの部屋があり、沙希の視線はそこだけに注がれていた。

「沙希、なんでこんなとこまで…」

学校を休んだはずの沙希が傘も差さずに拓ちゃんの部屋を見つめている。

やっぱり拓ちゃんと何かがあったと確信した私は足でバシャバシャと水音を鳴らしながら沙希へと駆け寄った。

「沙希、どうしたの!?」

沙希の右肩をつかんで大声を出した私に向けられた沙希の瞳はどこか空虚で私の瞳さへ捉えてはいなかった。

「ねぇ、どうしちゃったの?」と何度問いかけても答えない沙希。

私は答えを聞くことを諦め「とにかく家へ入ってよ。風邪ひいちゃうから」と沙希の肩を引き寄せた。

「…らないで」

「え?」

「久遠くんをとらないで!!」

ドンっと肩を押された私は雨に濡れたアスファルトに尻餅をついた。

私に背を向けて走り出した沙希。

冷たい雨がアスファルトから染み渡ってくるけれど、思うことはただ一つだった。

――沙希が行ってしまう。

「沙希!!」

何度叫んでも、何度名を呼んでも。

沙希は振り返ることもなく、行ってしまった。

もう会いたくないとでも言うように押された肩に、雨の冷たさがやけに沁みた。