桜が倒れた場所に、それからほどなくして、一本の木が芽を出したという。

倒れた桜の子どもかと、大叔父は大切に育てていたらしいが、どうやらそうではなかったらい。
それでも、大叔父は、それは桜の神様の生まれ変わりだと信じていた。

山に道を造る話がでたとき、この場所だけは、大叔父は渡さなかったと言う。
おかげで、神社に行く道は、大きく蛇行してしまっている。
みんなが頑固な爺さんだと言っていたらしい。

けれど、ある年、山で崖崩れがあった。
もしも、この場所を道にしていたら、道は崖崩れにより使い物にならなくなったいたらしい。
もしも、予定通りに道を造って、その場所を車が走っていたら大変なことになっていたと、みな言っていたそうだ。

神様のお告げだと、今でも当時を知る人たちは、囁いているらしい。


健一も、自分の身代わりになってくれたのかなあと言って、倒れた桜の木の切り株に、団子を供えたりしながら、その新しい木を守っているという。

山で崖崩れがあった年、大叔父はこの世を去った。
通夜の夜。
健一は、壇の前で、ぽつりぽつりと話しをしていた。
事故にあい、意識がなかったとき、会ったこともない男の子が迎えにきてくれたのだと。
あの子が爺さんの言う、桜の神様だったのかなあと、大叔父の遺影に語っていた。




あの日の出来事は、夢か現か。
今となっては、私にも判らなくなってきた。
みなの祈りと願うが形になった、奇跡の姿だったのかもしれない。




新しいその木は、白い花と赤い花を咲かせる桜の木だった。


「これ、白い花と赤い花が、一緒に咲くんだ」

美月が珍しそうに花を見ていた。

「紅白桜と言うらしいわ」
「へえ。かわいいね」




祖母が亡くなったあの夜。

姿は見えなかったけれど、私は桜の神様の声を聞いたような気がする。




案外、おばあちゃんも一緒に生まれ変わってきたのかも。


桜を見ながら、私はそんなことを考えた。





【了】