「お母さん。なにしてるのよ」

娘の美月が私を呼びに来た。
親戚の健一のところに子どもが生まれたという知らせが入り、私は久しぶりに、この地を訪ねた。

彼は子どものころに、それは大きな事故にあい、生死の淵をさ迷った。

そのころ、病の床にあって見舞うことができない祖母に代わって、私は両親とともに彼と彼の母を見舞うためここにきた。


それから、なんとなく。
春休みになどになると、時折ここにくるようになった。



子どものころと景色は変わり、いつの間にか、子どものころは歩いていくしかなかった、山頂にある神社にまで続く大きな道路もできていた。

子どものころの不思議な体験は、あのころ、おおおじぃと読んでいた祖母の兄にあたる人と二人だけの秘密だ。

でも、案外、みんな判っていたのかもしれない。






月がきれいな夜だった。
何かが倒れるような大きな物音がした。

何が起こったのか判らなかったけれど、なんとなく、昼間に会った、桜のかみさまの気配がなくなったような気がした。


翌日。
大叔父と2人で裏山に入り、山の中腹で、季節外れの桜の花を咲かせたあの木が、根元から崩れるように倒れていたのを発見した。

大叔父は、その顔をいっそう青くしていた。
もっと、何か悪いことが起こるのかと怯えながら木の根元にしゃがみ込んだ。

前の日に、オータと呼んでいた少年の姿をした神様がどこにもないことに私は気づいた。
それを告げようとしたとき、父が息を切らして山を登ってきた。


‐叔父さん。今、病院から電話が
‐2人とも意識が戻ったって。


息が整うのも待たず、父は大叔父にそう告げた。

大叔父は、その場に崩れるようにして、声を上げて泣き続けた。