久しぶりに、人間と目があった。
ような気がした。

木の根元に座るようにうとうとしていたオイラを、人間の気配を感じて目を開けた。
オイラを不思議そうに眺めていた女の子が1人。
誰かに似ていたような気がしたけれど、思い出せなかった。

何度も目をぱちくりとさせ、オイラを見ているようなその子は、そのまま何も言わず山を駆け下りていった。



オイラは、このあたりに住んでいる人間たちに、神様と呼ばれている。
いつのころからか、そう呼ばれている。
でも、オイラにはそれが何なのかはよく判らない。

オイラはただ桜の木だ。

ずっと。
すっと。
ずっと。
昔から。
春になったら、ここで花を咲かせているだけの、ただの桜の木だ。

カワチのじいさんに神様ってなんだと聞いてみたら、人間じゃないってことですよと笑うだけだった。




オイラがいるこの場所は、守田さんと呼ばれている人間たちの土地らしい。
いやいや、ここは、カワチのじいさんが護っている土地だべと、カワチのじいさんを訪ねたときに、一度、それを聞いたことがあった。


‐人間には人間の決まりごとってもんがあるんですよ


山の上にある神社に住んでるカワチのじいさんは、笑いながらそう言うだけだった。


‐アナタのことを大事にしてくれるようなら、守田さんたちを護ってやりなさいよ。


カワチのじいさんにそう言われてからは、なんとなく、守田さんたちを見ながら、オイラはここでぼんやりと過ごしている。

うまい酒を飲ませてくれたり、うまい団子を食わせてくれたり。

多分、オイラを守田さんたちに大事にされているのだと思う。