知らずうちに、足を進める速度が速くなる。ようやくして池に到着したとき、以前家族と一緒に行った天然温泉の湯船くらいの広さはある池が姿を現した。遠目からでも知れるほど、月の光を反射しながらも底が見えるほど透き通っていた。池の周りには草が生えている。草も水もぴったりと静止し、暗い空と月を切り取って水面に浮かべているようだった。ちょうど藻が生えているところに、女性は足を垂らして腰をかけていた。歌っていることを除けば、生きているのかどうかも疑わしいほど動かない。
華奢なうなじに、細い手足。防塵マスクもしないで、長そでの白いワンピースをふんわりと着こなしている。女性らしく柔らかなその衣服とは反対に、短く切りそろえられた髪型が、彼女の力強さと媚のない心持ちを表しているようだった。
目をつむったまま歌っているせいか、彼女は俺に気づかない。
どうしたものだろうか。
一抹の不安すら感じていないような彼女の表情を見ていると、声をかけるのも憚られる。とても気持ちよさそうな歌声だ。いい夢を見ながら眠っているときは、目覚めがどれほど邪魔なものか知っている。彼女は歌っているのだから、起きている。けれど、妨げられることを好しとしないのではと思った俺は、彼女から一番遠いところでゆっくり腰を折る。本音を言えば、自分がまだこの歌声を聴いていたい。それだけだった。
音を出さないよう慎重に水面に水筒を近づける。だが、空気と一緒に入ってきた水は、ごぽごぽと場違いな音で空気を震わせた。
ひやりとして顔を上げると同時に、歌が止まる。
彼女を見ると、閉じていた目を開け、じっとこちらを見つめていた。



