隣のオアシス


 ――ごめんなさい。私喋ることができないの。

 時おり池の水に指を湿らせ、書いた言葉がそれだった。

 けれど歌っていたじゃないか。

 そんな不躾な質問を問いかけるよりも早く、彼女は次の言葉を書きはじめた。

 ――歌しか歌えないの。喋ろうとすると、喉に何か詰まってしまう感じ。ラムネ瓶にビー玉がはまってしまったみたいに。わかる?


 書き終わると、俺の顔を見上げた。

 書いている内容に対してなのか、それとも文字が読めるか、と問われているのかはわからなかったが、頷く俺を見ながら嬉しそうに彼女も頷く。


 心因的なものだろうか。
 災厄後、彼女のように喋れなくなってしまった者も多く見る。災厄が起こした峻烈な光景だったり、人の死を目の当たりにしたり。親しくしていた者らと離れ、独りの環境に耐え兼ねてであったり人それぞれの原因で、みな壊れていく。もしかしたら彼女も、そんな彼らと同じように、心の一部をどこかに置いてきてしまったのかもしれない。

 ――名前は?

 見ると、彼女が再び砂に指を這わせていた。