「……それじゃあ、行くから」 そう言って古風な、今にも崩れそうな木造建築の玄関に立った彼女はボストンバッグに手をかけようとする。 木でできた、今の時代にはあまりにも安普請な戸の向こうで車のエンジン音が聞こえた。 彼女が手配したタクシーが扉の向こうで待っている。 それまで暮らしてきた生活道具一式が詰められたそのバッグを、しかし彼女はなかなか持ち上げようとはしない。