あの頃あたしは絶望の淵に居た。
信じるものも、守りたいものも、叶えたい未来もなかった。
だからこんな自分に言い寄る男を軽蔑したし、そうしながらそんな男に身を委ねるしかなかった。
心は冷えたまま、それでも体だけは包まれていたかった。
少しでも油断をすれば、本当に地獄に落とされる気がした。
あの人を愛せなかった罪の深さは、マグマまで続いてるようだった。
自分の弱さが全身に突き刺さっていた。情けなくもこうするしかない、こうするしかできない自分がまた足を引っ張っていた。

このままどこまでも転がり落ちていくのをただ待つしかないのだろう。


そんな諦めと覚悟の極みで、きみに出会った。
そのくったくのないきみの声に、不覚にも心を撫でられたことを、あの頃のあたしは意地でも認めるわけにはいかなかった。
同じ年数を生きてきたはずの見知らぬきみの、その無防備な呼びかけがとても痛かった。
とっくに捨てた何かの欠片を、指し示されているようだった。
それはとんでもなく大切なものだったような気がして、あたしは息を飲んでいた。