穏やかな陽光と気持ちの良い風に誘われ、日当たりの良い、街から少し離れた丘でうとうととしていた黒猫が、大きなあくびを一つした。
 その隣には、漆──というよりも墨のような黒いローブをまとった女が腰かけている。
 現役の魔女の中では最強と謳われる、ライファ=ルレイアその人であった。
 その表情はのどかな風景とは似つかわしくない、酷く険しいものである。
 心配そうに主人を見上げた黒猫は、しかし口を開いたものの、にゃあと鳴──きはしなかった。
「ライファ、やっぱり気にしてる?」
「……」
 黒猫が問いかけるが、ライファは返事一つせず、それどころか彼と視線を合わせようとすらしない。
 やれやれと呟いた黒猫は、「別に返事はしなくていいよ、これは僕の独り言」と断りを入れ、明後日の方を向いて喋りだした。
 彼の名は、シニア。
 ライファの使い魔である。
「脱獄囚№45821、フォル=カーバス。所属は東国。属性は火。ランクはA。元“直轄研究室”研究員」
「……」
「“アカデミー”を首席で卒業してからは、エリート街道まっしぐらだった彼女。でも、投獄されていた理由は公にされていない」
「……」
「脱獄の理由は、“反逆の魔女”に会いに行こうとした、と。でも、一度は脱獄に成功するも、Sランク魔女ライファ=ルレイアによって捕獲され、再び牢屋暮らしの真っ最中」
「……うるさいな」
「残念だったねえ。捕まえたりせずにこっそり後をつけていけば、お目当ての反逆の魔女に会えたかもしれなかったのに」
「うるさいと言ってる!」
 強く握り絞めたライファの右手が、激しく振り下ろされた。
 それを軽々とした身のこなしで、ヒョイと躱すシニア。
 流石は猫である。
「そんなに怒らなくてもいいじゃない」
 軽口を叩く使い魔をジロリと睨みつけたライファだったが、すぐにそっぽを向いてしまった。
 シニアは少しだけ申し訳なさそうな顔をしたが、主はその表情を知る事はなかった。
「……悪かったよ。でも、執着し過ぎない方が良いと思うけど」
「……」
 再び黙りを決め込んだ主を尻目に、使い魔はにゃあ、と文字通りの猫撫で声を上げた。