『倉敷市・神宮寺一家殺人事件』
平成元年四月十四日
岡山県倉敷市児島
神宮寺雅美(49)は、倉敷市市長を勤めていた。
児島で万博の立ち上げをしたり、ゴルフ場の建設、繊維の町とも言われ全国にジーンズや学生服などの宣伝をしたりと多忙な日々を送っていた。
妻の神宮寺葵(40)は、夫のサポートもしっかりしつつ、自ら福祉団体をまとめ多くの障害者や老人たちの世話をしていた。
神宮寺家には、二人の息子・娘がいた。
長男の神宮寺政一朗(13)は、当時中学一年生になったばかり…小学生の頃は、生徒会長の傍らジュニアバスケットクラブのキャプテンもしていて、文武両道のまさに模範的な生徒だったという。
長女の神宮寺葉子(6)は、小学一年生になったばかりで絵を描くことが大好きで将来は画家を目指していたという。
P.M.22:45
一家四人、寝静まっている頃、二人の男に寄って全員刺殺された。
P.M.23:30
長男と長女は、辛うじて息があり、すぐに病院に搬送されたが間もなく息を引き取った。
当時の犯行現場に残されていた凶器の、僅かにあった指紋から『トンボゴルフ場』経営者の宮武有紀(42)と『鷲羽山キングボウル』ボウリング場経営者の向井省吾(42)を容疑者として指名手配した。
四年後に、二人は逮捕されたが口が聞けない程、重度な精神状態で現在も警察の医療施設で治療を受けている。
平成元年四月十四日
岡山県倉敷市児島
神宮寺雅美(49)は、倉敷市市長を勤めていた。
児島で万博の立ち上げをしたり、ゴルフ場の建設、繊維の町とも言われ全国にジーンズや学生服などの宣伝をしたりと多忙な日々を送っていた。
妻の神宮寺葵(40)は、夫のサポートもしっかりしつつ、自ら福祉団体をまとめ多くの障害者や老人たちの世話をしていた。
神宮寺家には、二人の息子・娘がいた。
長男の神宮寺政一朗(13)は、当時中学一年生になったばかり…小学生の頃は、生徒会長の傍らジュニアバスケットクラブのキャプテンもしていて、文武両道のまさに模範的な生徒だったという。
長女の神宮寺葉子(6)は、小学一年生になったばかりで絵を描くことが大好きで将来は画家を目指していたという。
P.M.22:45
一家四人、寝静まっている頃、二人の男に寄って全員刺殺された。
P.M.23:30
長男と長女は、辛うじて息があり、すぐに病院に搬送されたが間もなく息を引き取った。
当時の犯行現場に残されていた凶器の、僅かにあった指紋から『トンボゴルフ場』経営者の宮武有紀(42)と『鷲羽山キングボウル』ボウリング場経営者の向井省吾(42)を容疑者として指名手配した。
四年後に、二人は逮捕されたが口が聞けない程、重度な精神状態で現在も警察の医療施設で治療を受けている。
