「湯川先生はいらっしゃらないみたいね」


「先生は関係ないわ。私が勝手にしたことよ。先生のためにね………」


香織はうっとりとした表情で語る。


「先生のこと好きなんだ」


深青の問いに香織は無言でにっこりとするだけで答える。


「だけど………、先生はもうすぐ結婚するって聞いたわ。それって、どうなの? あなたと?」


余裕に見えていた香織の顔が急に険しくなる。


そして、微かに震えているのが見て取れた。


「どうしたの? もしかして、初耳?」


深青は挑発するように後を続ける。


湯川が結婚する相手が香織でないことは優奈から聞いていて知っている。


だけど、深青はわざとその事実をぶつけた。


「………知ってるわ。だけど、それには理由があるのだもの。どうしても、断りきれないから仕方なく結婚するようになったけど、ちゃんと別れるって先生言ってたもの。本当に好きなのはあたしだけだって」


必死に言う香織の姿に深青は複雑な気持ちになる。


すでに、湯川が香織を騙しているのはわかっている。


彼女もうすうすそのことを感じているのだろう。


だけど、わざとわからないふりをして湯川を信じようとしている。


その姿がひしひしと伝わってきて深青は湯川への押さえきれない怒りを感じた。