夏休みの恋人

誰もいない廊下に、俺の靴底の擦れる音だけが響く。

おそらく職員室にはまだ残っている教師がいて、部室にはクラブ活動で残った生徒がいるんだろうけど、俺は今この学校には自分一人しかいないような気がして、自嘲した。



長い廊下を歩きながら、俺は朝の麻紀の言葉を思い返していた。


『……何か慶、変わったね』


変わってなんかいない。

俺よりもむしろ、俺の周りが変わったんだ。

夏休みの間に、皆どこか変わってしまった。

俺を除いて、皆。

だからきっと、俺が変わったように感じるのだ。

俺が、変わっていないから。

俺は、夏休み前の俺のままだから。



………俺だけが、取り残されている。



『寂しいの?』


寂しくなんかない。


『慰めてあげよっか』


慰めてくれなくていい。



今俺が欲しいのは、そんなんじゃない。



俺が欲しいのは―――……


そこまでで、考えるのを止めた。



………なんか、柄でもない物思いしてやがんの。



そんな気分になるのは、この、窓から漏れる黄昏色の空気のせいだろうか。



まだ、先程見た夢の残像が目蓋にちらつく。



振り払おうと軽く頭を振った視界を、紅い色が掠めた。

はっとして、慌てて周囲を見渡し、残像を追う。



…………紅い髪は、どこにもなかった。



はあ、と知らず落胆の溜め池をついた時、俺はふと、あるモノを認めた。



目の前の教室の中で、机の上に頭を伏せた女の子がいた。

………さっきの俺みたいに。