暗闇に浮かび上がる無人の商店街を足元に、俺の耳にはヒューヒューと風の音しか聞こえない。

今、手すりを掴む右手を離したら、もう俺は苦しまなくて済む。

最後にエレナに会いたかった。

笑った顔、怒った顔、楽しそうな顔、嬉しそうな顔、ドヤ顔、挑発的な顔、俺を見つめる顔……。

泣いた顔なんて見たこと無いが、枕にシミを作る程泣いていたのを知っている。

もう一度……声を聞きたい。

エレナの声で、俺の名前を呼んで欲しい。

「竜治ッ!!」

風の音だけの中で叫ばれた俺の名前。

反射的に声のする方へ振り返る。

「……エレ、ナ……?」

愛しい声の持ち主は肩で息をして立っていた。

「竜治ッ!!」

「エレナ!!」

俺は右手に力を入れ、手すりを飛び越えた。