俺は『社長室』と書かれた金のプレートが付けられた扉の前で深呼吸をした。

「……いよいよ、ね」

横に居るエレナが俺の左手を握った。

心臓がバクバクして上手く言葉が出ず、返事の代わりに手を握り返した。

俺はもう一度深呼吸をしてから、金の取っ手に手を掛けた。

エレナの手が離れる。

「何しに来た?」

扉を押し開け部屋に入ると、とても不機嫌な寿の声で出迎えられた。

寿は大きな窓を背にイスに深く腰掛け、俺達を睨んだ。

窓の向こうは夜だったら夜景が綺麗なのだが、今は昼間で生憎の雨。

強い雨と厚い雲の所為で遠くが見えない。

俺とエレナの靴には小さな雫が付いていた。

「椅子を貰いに来た」

俺が真っ直ぐに見つめながら答えると寿の眉が上がった。

「何を言ってる。渡す訳がないだろ?」

書類の広がるデスクの上で組まれた手に力が入り、更に機嫌が悪くなったのが分かった。