幼い私が、自分には見えているものが他の人には見えていないということを知ったのは、ここで母と話をしているときだった。
幼い私の目に映る、沢山の光。
それがとても綺麗で、私はそれを写真に納めようとしていた。だけど、何度やってもそれができないということに気づいた私は、母にそのことを伝えた。
私の言いたいことがわかった母は、ひどく驚いた顔をしていたのを覚えている。
『カノン、よく聞いて』
そのときの母の言葉は、今でも心の中に残っている。
『カノンには、人には見えないものが見える。だけど、それを悟られてはいけない。カノン、人間は、普通と違うことを恐れて、憎む生き物だから』
幼い私に恐怖心を植え付けたのは、母の言葉だったのかもしれない。その恐怖心が、今でも私の心を頑なにしているのかもしれない。
私の一番撮りたいものは、決して他の人には見えないもの。
最高の一瞬をとどめることに夢中になっていた私は、いつからかその光景を撮りたいと思うようになっていた。
私が思うような写真を撮れなくなったのは、それがきっかけだった。
私はため息をついて、カメラを下ろす。
なぜ、私が他の人には見えないものが見えるのかはわからなかったけど、それを他人に伝えることは決してなかった。
最初は、本当に見えないのかどうかは半信半疑だった。だけど、大勢の人と時間を共有するようになって、それが本当だということに気づくのには時間がかからなかった。
自分が普通とは違うと気づいた私は、普通を装うことに必死になった。
気づかれてはいけない。悟られてはいけない。
そんな母の言葉が心に焼き付いて、今でも離れない。

