そんな仕事振りで、どうしてクビにならず、大したバツも受けずにいるのだろうと不思議に思った亜紀は、それを野田に尋ねたことがあった。
遅刻は多い上に、それでも定時になるとタイムカードを押して帰ってしまう。
今日中にと頼んだ仕事が終らなくても、江藤は全く気にしない。
帰るときに、ここまでやったと報告して、最後までやっていくように言っても、もう時間なのでとさらりと告げて帰ってしまう。
江藤に言わせると、定時間内に終らせることのできないような量の仕事を、無理やり割り振るほうに問題があるらしい。


‐上の人の仕事の出し方に問題があるですよ。
‐ボクは時間内にやれるだけの仕事はしたんで。


正当な主張だと、悪びれることもなくそう言って、江藤は帰ってしまうのだ。
貴重な自分の時間を、わずかな残業代などというものと引き換えたくないと、そう課長に言ったらしい。

そんな江藤が未だに会社にいるのは、取引先の偉い人の甥という肩書きがあるかららしい。
なんでも、取引先から頼まれて入社させたという経緯があって、きつく叱るとその取引先の偉い人が飛んできて、何とか穏便にと頭を下げていくらしい。

朝から、野田は何度も江藤のケータイに電話を入れていた。
でも、それにも全く出ないらしい。
苛立ちながら、固定電話の受話器を野田は何度も叩き置いた。
亜紀の視線を気付いた隣の町田が、肩を竦める。


どうしようもねえな、あのバカ


顔にはそんな文字がありありと浮かんでいた。


また、朝から課長のガミガミ声聞くのかあ。
会議室でやってくれないかなあ。
あのやりとり、聞いてるほうも滅入ってくるんだよねえ。


亜紀は江藤が出社後繰り広げられる光景を思い浮かべて、また一つ、息を吐き出した。