紅梅サドン

「ああ、あるよ。だから今日はプレゼンの準備もあるし、もう行かなきゃいけない。」

雪子は『まあ!』という顔をした。
どう見ても母親の顔だ。

「急いでおにぎり作ります。会社で食べて下さい。

おにぎりなら、お仕事の合間にでも手軽に食べれますよね。」

雪子は物凄いスピードで立ち上がり、またそれに勝るスピードでサッサとおにぎりを作り始めた。

ピンクエプロンの裾が雪子のおにぎりを握るテンポに合わせフワフワと揺れる度に、僕は必ず言おうと決めていた『今日中に出ていけ!』という言葉を言えずにいた。

香ばしい海苔の香りが、鼻先を穏やかにツンと刺激してくる。

僕はこの匂いが昔から好きだ。

相変わらず朝日はまぶしい。

顔を洗うため、僕は必死におにぎりを作る雪子の後ろ姿に、『こんな生活も悪くないな』などと少しでも同情してしまわない様に、足早に洗面所へと向かった。