紅梅サドン

僕がそう言って、冗談の様に馬鹿でかいスーツケースに手をかけようとした時ーー。


それはまるで籠の鳥が広くて青い空に飛び立って行く鳴き声。

命の息吹きを感じる程にーー。

いや生命の喜びを唄い上げる様なーー。

そんな生き生きとした声で彼女はピシャリと言い切った。



「よろしくお願いします。

私、田辺さんと結婚しますケド――。」





――そうですか。

世に云う即決・入金てやつかしら。


それとも『即決』って事に特別な美意識を持たれてらっしゃるのかしら?

いや、そういう問題では無い。

結婚します『ケド』ーーとは。

理解できない僕が振り向くと、彼女はニコニコと下を向いて笑っている。

五月の温い風は蜃気楼みたいに立ちすくむ僕を恐ろしくゆっくりと包んだ。

銀座のど真ん中で僕は、何やら気持ちの良くない悪寒を感じる。